ベスト・オブ・ブリードとは何か？～変化に強いITアーキテクチャへの実践的アプローチ～

近年、企業経営におけるITの役割は、単なる業務効率化のツールから、事業競争力を左右する「戦略的資産」へと進化しています。とりわけ、多拠点・多事業・多通貨などにまたがるグループ企業を統合的にマネジメントしていく上では、IT基盤の設計と運用が経営のスピードと柔軟性を左右する重要な要素となっています。 そのような中、各業務領域における専門性と俊敏性を最大限に発揮できる「ベスト・オブ・ブリード」型のシステム構成が、従来の統合型ERPと並ぶ形で注目されつつあります。 本コラムでは、ERP導入を検討する上での選択肢の一つである「ベスト・オブ・ブリード」について、その基本的な考え方やメリット・デメリット、導入時の留意点を整理し、統合型ERPとの比較を交えながら、ベスト・オブ・ブリードについてわかりやすく解説していきます。

「ベスト・オブ・ブリード」は、従来型の「全社共通パッケージで統一する」アプローチとは異なり、部門ごと、地域ごとに最適な製品を選ぶことができるため、業務の専門性やスピードが求められる現代の企業環境において注目されています。

１）定義と基本コンセプト

「ベスト・オブ・ブリード（Best of Breed）」とは、ERPや業務システムを構築する際に、業務領域ごとに最も優れた（＝ベストな）ソリューションを個別に選定し、全体として統合されたIT基盤を構築する考え方です。

（ソリューションの選定例）

業務領域	内容
財務会計	グローバル対応に強いERPパッケージ
CRM（顧客管理）	営業支援やカスタマーエクスペリエンスに優れたSaaS
SCM	需給調整や在庫最適化に特化したソリューション
人事・タレントマネジメント	クラウド型の人材管理システム

２）なぜベスト・オブ・ブリードが注目されているのか？

「ベスト・オブ・ブリード」は、以下のような時代背景・技術的進化を背景として、その有効性が注目されています。

① クラウドとSaaSの普及
以前は大規模なオンプレミス型ERPが中心でしたが、現在では各領域ごとに高機能なSaaSソリューションが多数登場しています。クラウド基盤を活用すれば、短期間かつ低コストで導入・拡張が可能になりました。

② 変化への対応力の重要性
市場や業務の変化スピードが速くなる中で、「一度決めた仕組みを長年使い続ける」従来型のERP運用では、企業の成長や変革に対応しきれない場面が増えています。「ベスト・オブ・ブリード」であれば、必要に応じて特定領域のみを見直すことができ、柔軟性が高くなります。

③ 部門主導のIT活用（市民開発や分散型IT）
業務部門が主導してITツールを選定・活用するケースも増えており、業務にフィットしたソリューションをスピーディーに導入したいというニーズが強まっています。「ベスト・オブ・ブリード」はこうした動きと親和性が高いシステム構成です。

④ ERPにおけるベスト・オブ・ブリードの位置づけ
ベスト・オブ・ブリード型は、「ERPを使わない」という意味ではありません。ERPを“コア機能”として販売・財務・会計やマスタ管理といった基幹業務の基盤を担い、その周辺業務には様々BoBソリューションを組み合わせるというハイブリッドな構成が現実的かつ主流です。
このような構成は「コンポーザブルERP」や「モジュラーERP」とも呼ばれ、近年ERPそのものの定義も変化しつつあります。

企業がERPを導入する際には、大きく分けて以下の2つのアプローチがあります。それぞれの特徴や目的に応じて選択することで、IT投資の効果を最大化することができます。

1）統合型ERP（オールインワン型）アプローチ

統合型ERPは、1つのベンダーが提供するERP製品の中に、会計・販売・購買・在庫・生産・人事などの主要業務モジュールが標準搭載されているものです。全社の基幹業務を一元的に管理できるため、以下のような特徴があります。

（特長）

• 単一プラットフォームでの業務統合
• データの一元管理がしやすく、整合性が高い
• ベンダーサポートが一元化されており管理が容易

（課題）

• 全業務に対して汎用的な機能になりやすく、個別業務にフィットしないケースがある
• 各部門のニーズや業務特性への対応に対する柔軟性が限定される
• カスタマイズ・アドオン開発が多くなると将来の保守負担が増大する

2）ベスト・オブ・ブリード（Best of Breed）アプローチ

ベスト・オブ・ブリードは、業務領域ごとに最も適した（＝ベストな）ソリューションを個別に選定し、システム全体として構成するアプローチです。たとえば、会計はERPコア、販売はCRM、製造はMES、人事はHRテックなど、用途に応じて専門性の高い製品を組み合わせます。

（特長）

• 各業務領域で高度、専門的な機能や操作性を実現できる
• 部門や地域ごとの要件に柔軟に対応可能
• 市場の最新技術・製品を取り込みやすい

（課題）

• システム間連携（インターフェース）の設計・維持が必要
• 複数ベンダーとの調整・保守運用が煩雑
• データ整合性やマスタ管理が複雑になりやすい

■ 統合型ERPとベスト・オブ・ブリードの比較

観点	統合型ERP	ベスト・オブ・ブリード
導入の容易さ	比較的容易（ベンダーが一元化）	難易度高（連携設計が必要）
機能の深さ	幅広いが浅め	業務特化で高機能
カスタマイズ	必要になることが多い	製品選定で業務適合度を高めやすい
柔軟性	限定的	高い（変更・入替が可能）
運用・保守	一元管理	複雑（複数ベンダー調整）
グローバル対応	ベンダーに依存	現地要件に適応しやすい

このように、それぞれのアプローチには明確な長所と課題があります。企業の業種、規模、将来の成長戦略やグループ展開の方針を踏まえて、自社に最適な構成を選定することが重要です。

ベスト・オブ・ブリード型アプローチは、高度な業務要件や変化への対応力が求められる現代の企業環境に適した柔軟な構成である一方、導入・運用には一定の工夫が必要です。ここでは、ベスト・オブ・ブリードの主なメリットとデメリットを整理します。

１）メリット

① 業務に最適化された機能の導入が可能
各業務領域において、その分野に特化した高機能なソリューションを導入できるため、業務効率や精度が向上します。たとえば、CRMであれば営業活動の可視化やカスタマージャーニー分析、人事領域では人材育成・エンゲージメント向上など、統合ERPではカバーしきれない機能が利用可能です。

② 環境変化に強く、柔軟なシステム構成が可能
業務や組織の変化、M&Aや海外展開といったビジネス変化にも、個別システムの入れ替えや拡張が柔軟に対応できる点が大きな強みです。全体を一括で見直す必要がないため、俊敏なIT戦略が実現できます。

③ 最新技術・市場の進化を取り込みやすい
SaaSやAI、アナリティクスなどの先進テクノロジーを活用した製品が短いサイクルで登場している中、既存システムの枠にとらわれずにそれらを迅速に採用できます。

④ 地域・業務特性への適応力が高い
グローバル企業や多角経営を行う企業では、地域・子会社・事業ごとに異なる業務要件があります。地域や業務に特化したソリューションを選定すれば、全社標準を維持しつつもローカル要件に柔軟に対応できます。

２）デメリット（および留意点）

① システム間連携の設計・維持が必要
複数システムの連携が前提となるため、インターフェース設計、データ連携、同期管理といった技術的課題への対応が不可欠です。iPaaSやAPI管理基盤の整備がカギとなります。

② 運用・保守が複雑化しやすい
製品ごとに運用体制・更新サイクル・サポート体制が異なるため、IT部門の管理負荷やベンダー調整コストが増加します。ITガバナンスの設計やSLA管理も重要です。

③ データ整合性・マスタ管理が難しい
各システムで扱うデータ構造やマスタ定義が異なる場合、整合性確保や分析、設計が困難になる恐れがあります。データ統合方針やマスタ管理ルールの整備が必要です。

④ 導入におけるプロジェクトマネジメントの難易度
複数ベンダーや関係者が関与するプロジェクトとなるため、スコープ管理、スケジュール調整、責任分界など、PMO機能の強化が求められます。

■ 判断のポイント

視点	向いているケース
業務特化	特定業務の高度化・差別化を重視
成長戦略	グローバル展開や多事業展開を推進中
技術志向	最新のSaaSやAPI連携に積極的
組織文化	分権型・現場主導の業務改革が進んでいる

ベスト・オブ・ブリードは、業務の進化やグローバル化を見据えた企業にとって、有効な選択肢になり得ますが一方で、成功には戦略的なアーキテクチャ設計とガバナンス体制の整備が不可欠です。

ベスト・オブ・ブリード型アプローチの実効性を理解するために、実際のシステム構成例と、それをグループ企業や海外子会社へ展開する際の考え方を具体的に紹介します。

１）ベスト・オブ・ブリード型ERPシステム構成の例

以下は、中堅〜大企業がベスト・オブ・ブリード型でERPを中核としたIT基盤を構築する際の代表的な構成例です。

中核ERP（Core ERP）：販売管理、財務会計、管理会計、連結、マスタ統合管理などの全体統制機能を担う。
周辺ソリューション（BoB）：CRM（顧客管理）、SCM（サプライチェーン管理）、HRM（人事管理）など、業務ごとに専門性の高い製品を選定。

このような構成を取ることで、全体としての一貫性を保ちつつ、個別業務の高度化や柔軟性が確保しやすくなります。

２）グループ企業・海外子会社への展開パターン

ベスト・オブ・ブリード型は、グループ企業や海外子会社のIT展開にも柔軟に対応できる点が大きな利点です。

（展開のパターンの類型）

展開パターン	概要	適用シーン
ハブ＆スポーク型	本社が中核ERPを管理し、各拠点はローカル要件に応じたシステムを使用	国内外子会社が多様な要件を持つ場合
標準化＋個別最適	グループで共通のERPコアを使用しつつ、業務領域ごとに柔軟なシステムを導入	本社機能の一貫性を重視しつつ現地業務に対応したい場合
段階的統合型	モデル子会社で単体業務システムを導入し、順次展開する	子会社数が多く、業種業態などでグループ化、モデル化できる場合

３）展開における留意点

ベスト・オブ・ブリード型をグループ全体で展開する場合、以下のポイントに注意する必要があります。

① データ・マスタの一元管理
グループ統合環境でも、取引先・商品・部門などのマスタデータは統合管理する仕組みが必要です。一般的には、MDM（Master Data Management）などの導入を検討します。

② インターフェースとガバナンス設計
データ連携や業務フローの一貫性を保つために、標準化されたインターフェースやAPI管理基盤の整備が重要です。また、各拠点・子会社におけるIT統制の仕組み（ITガバナンス）を明確にすることが求められます。

③ 現地業務・法規制への適応
特に海外子会社では、現地通貨・税制・商習慣に対応できるローカル対応ERP製品の選定が成功のカギとなります。本社ERPがグローバル対応していても、現地のローカル運用に適応しきれないケースもあるため、十分な検討が必要です。

このように、ベスト・オブ・ブリード型のアプローチは、単なる「システムの寄せ集め」ではなく、全体最適を前提にした部分最適の追求です。中核ERPによる統制とBoBソリューションによる最適化をバランスよく組み合わせることで、グループ全体でのIT基盤の強化と事業スピードの向上を両立させることが可能になります。