データ分析を活用した
企業グループ・ガバナンスの強化
~RPAによる業務革新最前線~
第一回 企業グループ・ガバナンス強化の必要性
本コラムの主旨・構成
ここ数年で上場企業での不適切会計の件数が増加傾向にあり、企業グループの子会社・関連会社で生じた事象に起因するケースが散見される。コーポレートガバナンス・コードの適用から約2年が経過し、企業価値を持続的に向上させるため、企業はガバナンス改革を急ピッチで進めているようであるが、並行して、子会社等のガバナンスを強化させるためのサポートが必要ではないだろうか。
本コラムでは、“企業グループのガバナンス強化“をテーマとして、三回にわたり、下記の構成で話を進める。
- 企業グループ・ガバナンス強化の必要性
- コンピューター利用監査(CAAT)〜データを活用する監査手法〜
- RPAの活用事例
まず、『1.企業グループ・ガバナンス強化の必要性』で、その背景及び親会社から子会社等へのガバナンスの実態を把握する手段のひとつ“監査”について説明する。次に、『2.コンピューター利用監査(CAAT)〜データを活用する監査手法〜』の概要と、その前提となるデータについて検討する。最後に『3.RPAの活用事例』で、監査で使用するデータを抽出する作業をRPAで代替した事例を紹介する。
(1)コーポレートガバナンスの状況
コーポレートガバナンス・コードが適用されてから約2年が経過した。
東京証券取引所が2017年9月5日に公表した『コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2017年7月14日時点)』によると、コードに規定される原則の9割以上の項目を遵守している企業が88.9%を占める。この数字をみると、上場企業のガバナンス対策が進んでいる状況がうかがえる。
- 全73原則をコンプライしている会社
659社 25.9%(開始企業数2,540社)(2016年12月末比 +6.0pt)- 東証1部 638社 31.6%(開示企業数2,021社)
- 東証2部 21社 4.0%(開示企業数 519社)
- 9割以上の原則をコンプライしている会社(全原則をコンプライしている会社を除く)
1,599社 63.0%(開示企業数2,540社)(2016年12月末比 -1.8pt)- 東証1部 1,241社 61.4%(開示企業数2,021社)
- 東証2部 358社 69.0%(開示企業数 519社)
(2)増加傾向にある企業の不適切会計
企業のガバナンスが強化されている一方で、不適切会計に目を移すと、コーポレートガバナンス・コードの適用開始以降の2015年・2016年と不適切会計の件数が増加しているという調査結果が出ている。また、2017年にも新たなに海外子会社を起因とした会計不祥事が公表された。
そこで、2017年も不適切会計の公表が増加傾向にあるのか、さらに、企業グループのどこで不適切会計が発生しているのか、確かめた。
2017年1月1日〜8月31日を対象期間として、東京証券取引所の適時開示情報から、決算短信等の訂正、不正取引・行為、不適切会計、及び決算発表の延期等に関して公表されたものについて、その内容を確認した。
なお、これは弊社として実施したものではなく、筆者個人の確認作業であり、網羅性に欠ける可能性があることをお断りしておく。
- 子会社・関連会社(以下、子会社等)で発生:14件(うち9件は海外所在の子会社等で発生)
- 原因別
- 元役員・幹部従業員等による不正:10件
(内訳:親会社3件、国内子会社等3件、海外子会社等4件) - その他
- 役員の会計リテラシーの欠如による会計基準の恣意的解釈
- 税務を外部に委託しているケースで消費税申告のミスに起因
- 汎用性のソフトウェアのロジックミスに起因
- 元役員・幹部従業員等による不正:10件
日本企業がM&Aで海外子会社を取得したものの、経営に活かしきれていないケースもある。
昨今の人手不足の影響により、規模的に、または、戦略的に重要な拠点を除き、海外の事業所に親会社から駐在員を派遣することが難しく、海外子会社の実態を把握しきれていない企業も多い。
ここで取り上げたのは会計という一側面であるが、子会社、特に海外子会社のガバナンスについて、まず、実態を把握する必要がある。
No. | 適時開示 公表年月 |
子会社等 | 問題の所在 |
---|---|---|---|
1 | 2017年1月 | 退職給付債務の計算ソフトのロジックの誤り | |
2 | 2017年2月 | 海外 | 幹部従業員による工事費水増しによる着服・不正送金等 |
3 | 2017年2月 | 退職給付信託に拠出した株式の減損処理の未済 | |
4 | 2017年2月 | 国内 | 特定顧客との取引の実在性に疑義 |
5 | 2017年3月 | 財務・経理担当の元取締役による給料出金総額水増し・不正現金引き出し | |
6 | 2017年4月 | 海外 | 会計処理の妥当性について確認が必要 |
7 | 2017年4月 | 国内 | 元執行役員による取引先の請求書偽造による着服 |
8 | 2017年5月 | 経営幹部の会計的知見の欠如による売上計上基準の恣意的解釈 | |
9 | 2017年5月 | 工事完了を仮装するため証憑改竄 | |
10 | 2017年5月 | 海外 | 前渡金等の支払いと調達のタイミングについて精査必要 |
11 | 2017年5月 | 国内 | 元取締役から連結子会社役員等への指示・教唆による架空売上等 |
12 | 2017年5月 | 売掛債権管理システム切り替えに伴うミスの判明 | |
13 | 2017年5月 | 従業員による商品の不正持ち出し転売 | |
14 | 2017年6月 | 海外 | 適正な社内決裁を経ずに第三者に貸付け |
15 | 2017年6月 | 消費税の課税区分誤りによる過少申告 | |
16 | 2017年7月 | 海外 | 元役員等による不正経費支出・設備の不正使用・棚卸資産の横流し |
17 | 2017年7月 | 海外 | 元財務経理責任者による付加価値税還付金の不正申告及び横領 |
18 | 2017年7月 | 海外 | 滞留債権隠蔽のための取引先との架空取引の繰り返し |
19 | 2017年7月 | 国内 | 元取締役経理部長による不正出金・隠蔽の不正仕訳処理・証憑廃棄 |
20 | 2017年8月 | 本来計上すべきではない物件に原価を付替えの可能性 | |
21 | 2017年8月 | 海外 | 在庫の実在数と帳簿残の差異(初めての委託販売) |
22 | 2017年8月 | 税効果 繰延税金資産 | |
23 | 2017年8月 | 国内 | 役員が稟議決裁なしで取引先に着手金支払い |
24 | 2017年8月 | 海外 | 販促費の期間帰属の適正性に疑義 |
25 | 2017年8月 | 経理部門責任者の権限悪用による不正引き出し・会計処理操作 |
(3)ガバナンスに影響を及ぼす可能性〜主な法令・会計基準の動向〜
“法令遵守(コンプライアンス)“は企業のガバナンスの根幹をなすものであり、企業にとって関係する法令改正等に対して、適用開始までにその内容を理解し、実務への影響度を見極めることが重要である。
下表は最近の主な法改正等について取り纏めたものである。契約ルールを定めた民法の改正、景品表示法の課徴金制度の導入のように罰則規定を強化しているケース等、それぞれに対して慎重な対応が求められる。
この中で特に留意しなければならないのが、GDPR(EU一般データ保護規則)である。EUの規則であるが、EUに拠点がなくても、EU市民の個人データを扱う企業はこの規則を適用しなければならず、違反すると制裁金が課される可能性がある。
このような国内法規に留まらない法律等の改正に対して、子会社等単独での対応力の有無を把握することが望ましい。
名称 | 施行・適用時期 | 主な内容 | 備考 |
---|---|---|---|
景品表示法 | 2016/4/1 |
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正式名称:不当景品類及び不当表示防止法 |
個人情報保護法 | 2017/5/30 |
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GDPR(EU一般データ保護規則) | 2018/5/25 |
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民法 | 2020年前半 |
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公布日2017年6月2日 約120年前の制定以来初めての改正 |
収益認識に関する会計基準(公開草案) | 3月決算⇒2021年4月開始の事業年度の期首(見込み) |
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公開草案へのコメント期限:2017/10/20 |
(4)企業グループ・ガバナンス強化の必要性とその対策としての監査
以上、不適切会計の事例及び法改正等への対応という点から、企業グループの子会社等のガバナンスの実態を把握することの必要性について考察した。
上場企業のガバナンス対策は進んでいるものの、グル―プ傘下の子会社等のガバナンスを向上させてるには、親会社としてなんらかのアクションが必要である。
多くの企業では、これまで子会社等に対して“監査”を実施してきている。監査は親会社が子会社等のガバナンスの実態を把握する有効な手段である。
子会社等の監査について、質問項目をチェックリストとして取り纏め、Q&A方式による監査を実施しているケースが多い。この方式は、対話形式で進められるため、子会社の担当者との関係構築に役立つというメリットがある。しかし、子会社の担当者の主観が回答に反映される可能性があり、その裏付けを取る作業が必要である。
裏付け作業として、内部規則・規程類、決裁書・稟議書、帳簿類、証憑類等の現物を確認する。しかし、帳簿類、証憑類等については件数が多く、試査、すなわち、サンプルチェックとならざると得ない。
監査手法として、コンピューター利用監査(Computer Assisted Audit Techniques、CAAT)を取り入れる企業もある。これは、データを活用した監査技法であり、サンプリングによる試査ではなく、母集団全体を網羅的に精査・分析するものである。また、CAATは手作業よりも効率的に監査を実施することができる。
次回のコラムでは、このCAATについて、具体的な手続き、その効果等について説明する。また、データが存在することやデータが抽出しやすいことがCAATの前提となる。よって、データの整備に関しても触れる予定である。