「シングルテナント型ERP」という選択肢~その特徴や活用メリット、マルチテナント型ERPとの比較~

ERP
公開日:
更新日:

1.はじめに

近年、企業の業務改革やDX(デジタルトランスフォーメーション)を支える基盤として、ERP(Enterprise Resource Planning)システムの重要性が改めて注目されています。特に中堅企業においては、既存システムの老朽化やブラックボックス化への対応、属人化排除、データの一元化など、喫緊の課題解決に向けたERP導入・刷新の動きが加速しています。

その一方で、ERP選定ではクラウド型ERPが主流となりつつあり、その中で「マルチテナント型」と「シングルテナント型」という2つの利用モデルが、システム導入の考え方や将来の運用方針に大きな影響を与える選択肢になっています。

本コラムでは、特に「シングルテナント型ERP」について、その特徴や活用メリット、導入の際の検討ポイントについて詳しく解説していきます。また、マルチテナント型との比較や市場動向、どのような企業に適しているかの視点も交えて、導入判断の参考になるような情報を提供します。

1-1. クラウドERPの普及とERP選択ポイントの変化

従来、ERPの主流はオンプレミス型であり、企業ごとに独立したシステムを自社サーバーで運用する形が一般的でした。しかし、クラウド技術の進展に伴い、ERPの提供形態は大きく変化しています。

クラウド型ERPが主流となりつつある現在、マルチテナント(複数の企業で同じアプリケーション基盤を共有しながら運用する方式)と、シングルテナント(一社一環境で専有的に運用する方式)のいずれを採用するかは、単なるコストや導入スピードの問題にとどまらず、業務の柔軟性・統制・将来の拡張性といったIT戦略にも直結するテーマとなっています。

1-2. 企業の“個性”が問われるERPの選択

マルチテナント型は、標準化された業務にスムーズにフィットし、運用負荷やコストを抑えられる点で多くの企業に適しています。一方で、独自業務が多い企業や、業務プロセスに強いこだわりを持つ企業にとっては、マルチテナント型の柔軟性の限界が課題となることもあります。

このような企業においては、「業務をERPに合わせるか、ERPを業務に合わせるか」という本質的な問いが突きつけられる中、シングルテナント型という選択肢が注目されているのです。

2.シングルテナントERPとは

ERP導入を検討する際に、まず押さえておくべき基本的な観点のひとつが「テナンシー」で、利用者がアプリケーションやデータベースなどのリソースの使用方法でリソースを占有することを「シングルテナント」、複数で共用することを「マルチテナント」といいます。ここでは、シングルテナント型ERPの仕組みと特徴を解説し、その構造が企業にもたらす意味について整理します。

2-1. シングルテナントとは「1社1環境」のモデル

シングルテナントERPとは、ERPベンダーが提供するインフラ上に、1社ごとに独立したシステム環境を構築・提供する形態を指します。いわば「マンション(マルチテナント)」に対する「一戸建て(シングルテナント)」のような構造です。

具体的には以下のような特徴があります

  • アプリケーション、データベースなどが他社と完全に分離された状態で運用される
  • 利用企業の業務要件に合わせて個別カスタマイズが可能
  • アップグレードやパッチの適用タイミングを自社判断で管理できる
  • 個別のセキュリティポリシーや監査要件にも柔軟に対応できる

2-2. オンプレミス型・マルチテナント型との関係

ERPの提供形態は近年多様化していますが、オンプレミス型、シングルテナント型、マルチテナント型の位置づけは以下の通りです。

モデル テナンシー 運用場所 管理責任
オンプレミス型 シングルテナント 自社内(物理 or 仮想) 企業側が全責任
シングルテナント型クラウド シングルテナント ベンダー管理のクラウド 分担(インフラはベンダー)
マルチテナント型クラウド マルチテナント ベンダー管理のクラウド ベンダーが一括管理

このように、オンプレミス/クラウド、シングル/マルチかどうかは別の概念なので、「すべてのクラウドがマルチテナント型ではない」という点を認識しておく必要があります。

2-3. シングルテナント型のもたらす運用の自由度

シングルテナント型ERPの最大の魅力は、「自社専用」であるがゆえの高い運用自由度です。以下のような観点で、特に独自性の強い企業の業務処理において大きな強みを発揮しますが、このような柔軟性の実現は単一環境で多くの企業に提供するマルチテナント型ERPでは困難といえます。

(シングルテナント型ERPの特徴)

  • 独自の業務ロジックや帳票、承認フローを忠実に反映できる
  • バージョンアップを事業タイミングに合わせて調整できる
  • セキュリティ制御やログ取得など、社内統制要件への細かな対応が可能
  • グループ企業や海外拠点ごとに設定・カスタマイズが分けられる

※詳細については提供するERPベンダーによって異なる場合があります

3.マルチテナント型との比較

前章で解説したとおり、シングルテナント型ERPは高い柔軟性と専有性を特徴としています。一方で、クラウドサービスの拡大により、マルチテナント型ERPも広く普及しており、多くの企業が導入を進めています。
ここでは、両者の違いを整理し、それぞれが適合しやすいケースを説明します。

3-1. 両モデルの基本的な比較表

比較項目 シングルテナント型ERP マルチテナント型ERP
システム環境 企業ごとに専用 複数企業で共通
カスタマイズ性 高い(業務特化可) 制限あり(標準範囲内)
アップグレード 自社判断で実施 ベンダー主導(強制)
セキュリティ制御 独自要件に対応可 共通ポリシーが基本
初期導入コスト 比較的高い 比較的低い
運用負荷 自社主導(支援あり) ベンダーに依存
導入スピード 要件定義〜構築が必要 比較的短期間で導入可能
拡張性(独自性) 柔軟なアドオンや連携可 標準範囲内での拡張に限定
バージョン統一性 顧客ごとに異なる ベンダー側で統一される

3-2. マルチテナント型の特徴と強み

マルチテナント型は、ベンダーが提供する共通のアプリケーションを複数の企業で共有するモデルです。この方式のメリットは以下のとおりです。

(マルチテナント型のメリット)

  • サービス開始が迅速で、初期費用も抑えやすい
  • 最新バージョンへの継続的な自動アップデートが受けられる
  • 運用・保守がベンダー主導で完結するため、自社のITリソースを抑制可能
  • SaaSとして従量制で利用でき、スモールスタートが可能

特に、標準化された業務プロセスを持つ企業や、IT人材が限られる中堅・中小企業にとっては、運用負荷の軽さが大きな魅力となっています。

3-3. シングルテナント型が優位となる場面

一方で、以下のような要件を持つ企業にとっては、シングルテナント型のほうが適しているケースが少なくありません。

  • 高度なカスタマイズやアドオンが必要な業務
  • 自社独自のセキュリティルールや監査対応が求められる業界
  • 海外子会社やグループ会社との構成を柔軟に設計したい場合
  • 業務変更に合わせてERPをコントロールしたいニーズがある場合
  • 自社の業務ロジックを競争優位性と考える業種(製造業、商社など)

3-4. 「使い分け」が求められる時代へ

近年は、マルチテナント型一択の時代ではなくなりつつあります。多くのベンダーが「マルチテナント」「シングルテナント」「ハイブリッド構成」の複数モデルを併存させ、企業ニーズに応じた選択肢を提示しており、財務会計や人事はマルチテナント型、コア業務はシングルテナント型で構成するなど、用途に応じた組み合わせ(ベスト・オブ・ブリード構成)を選ぶ企業も増加しています。

3-5. 自社にとっての最適解を考える

重要なのは、単に「どちらが新しいか」「コストが安いか」ではなく、自社の業務要件と制約条件に合致しているかを見極めることです。

「業務を標準に寄せ業務効率化を推進するのか」「自社の独自性を活かすことで競争力を保ちたいのか」―こうした経営判断が、最終的なERP選定の鍵を握ります。

4.シングルテナント型ERPのメリットとリスク

シングルテナント型ERPは、他社と環境を共有せず、1社ごとに専用のインスタンスを持つ点で、高度な柔軟性と統制力を発揮することができます。しかしその一方で、コストや運用面でのデメリットも存在します。ここでは、導入判断のために押さえておきたいシングルテナント型ERPの主なメリットとリスクを整理します。

4-1. シングルテナント型の主なメリット

① 業務プロセスへの柔軟な対応
企業ごとに環境が分かれているため、自社固有の業務プロセスに合わせた高度なカスタマイズやアドオン開発が可能です。業種特化の要件や、複雑な承認フロー、独自帳票にも柔軟に対応できます。

② アップグレード・メンテナンスの自主性
バージョンアップのタイミングを自社判断で管理できるため、業務の繁忙期を避けた計画的な対応が可能です。また、既存機能やカスタマイズに影響のある変更を事前検証した上で適用できる点には安心感があります。

③ 高度なセキュリティ・ガバナンス対応
情報管理体制やコンプライアンス要件が厳しい業界(例:金融、医療、製造など)では、独自のセキュリティ要件や監査対応が求められます。シングルテナント型であれば、アクセス制御・暗号化・監査ログ等の設定を企業単位で細かく制御可能です。

④ 他システムとの連携性
自社専用環境であることから、周辺システムや業務アプリケーションとの連携自由度が高く、APIやRPAなどを駆使した柔軟な業務自動化も進めやすい点が特長です。

4-2. シングルテナント型の主なリスク・注意点

① 導入・運用コストの増加
カスタマイズや独自要件の設定を行う場合、初期導入コストはマルチテナント型に比べて高額になる傾向があります。また、アップグレード検証や保守対応などもベンダー任せにはできず、社内要員によるIT管理にも一定の工数を要します。

② 将来の技術的負債リスク
独自開発・カスタマイズの蓄積は、オンプレミス同様に将来的にバージョンアップやクラウド移行時に互換性や移行コストの障害となる可能性があります。ベンダーが標準機能に注力する中、旧バージョンや個別仕様の継続利用には慎重な判断が求められます。

4-3. リスクを乗り越えるために

これらのリスクを抑えるためには、以下のようなアプローチが有効です。

  • 過度なカスタマイズを避け、標準機能で対応できる業務は極力ERP機能に寄せる
  • サービスのバージョンアップやロードマップを事前に把握し、影響範囲を分析
  • 自社IT部門とベンダーが連携し、保守性・拡張性の観点を導入初期から考慮
  • 複数年にわたるTCO(総所有コスト)を試算し、長期視点で導入を判断

4-4. 企業にとっての「選択」が問われる

シングルテナント型ERPは、業務の個性と統制を両立させる「自由度の高い選択肢」です。ただしその自由度は、同時に「運用責任の大きさ」でもあり、導入企業には技術・運用両面での主体性と判断力が求められます。
導入の成否を分けるのは、導入するERPの機能の多さだけではなく、「自社にとって適切なERP構成を整理できるか」という準備段階にあります。

5.どのような企業にシングルテナント型ERPが向いているか

ERPの導入において、「どの製品を選ぶか」同様に重要なのが「どの提供形態が自社に適しているか」という視点です。ここでは、シングルテナント型ERPが最適と考えられる企業像について、主に4つのパターンから整理します。

5-1.業務が独自化、個別化されている企業

業界特有の商慣習や社内固有の業務プロセスが多く、一般的なERPの標準機能だけでは対応が難しい企業

例)

  • 製造業で複雑な生産計画・原価計算を行っている企業
  • 商社で多様な取引形態(例:三国間貿易、委託加工販売など)への対応が必要な企業
  • 建設業や個別受注型ビジネスにおいて、案件ごとの進行管理・収支管理が重要な企業

理由)
シングルテナント型であれば、標準機能の枠を超えて業務に最適化されたERP環境を構築することができ、業務効率化だけでなく、競争優位性の強化にもつながります。

5-2. セキュリティ要件やガバナンスが厳格な企業

業界的に情報セキュリティ、監査、内部統制への要求水準が高い企業など

例)

  • 金融業、医療業界などの機密性の高い情報を扱う企業
  • 上場企業やグローバル企業で厳しいガバナンス基準を適用している企業
  • プライバシー保護やデータ所在国制限など、国際的な規制を受ける企業

理由)
自社専用の環境であれば、アクセス制御や監査ログ、データ保管ポリシーなどを細かく設計可能であり、外部リスクの低減にもつながります。

5-3. グループ会社や海外拠点を多数持つ企業

複数の法人や国にまたがって事業展開しており、それぞれ異なる会計基準、税制、通貨に対応する必要がある企業、企業グループなど

例)

  • 持株会社を中心とした多法人構成のグループ企業
  • アジアや欧米に複数の販売・生産拠点を展開している企業
  • グローバル会計統合(IFRS導入など)を進めている企業

理由)
シングルテナント型であれば、拠点ごとの設定やデータ分離・集約の柔軟な設計が可能。また、各国ごとの法制度に応じた対応も自社でコントロールできます。

5-4. 自社でシステムをコントロールしたい企業

自社内にIT部門やシステム担当者が常駐しており、外部依存度を下げて、システム運用・改善を自社主導で行いたいと考えている企業。

例)

  • 自社内やグループ内の情報子会社で情報システムのノウハウを蓄積し、基幹システムの運用・改善を内製化している企業
  • システムを長期的かつ戦略的に活用したいと考えている企業

理由)
独自の運用・改善方針に基づき、ERPを自社の経営戦略に組み込む自由度が高くなります。これにより、変化への対応力や業務改善のスピードも向上します。

5-5. マルチテナント型が向いているケース

逆に、以下のような企業はシングルテナント型ERPよりもマルチテナント型、あるいはSaaS型ERPの方が適している可能性があります。

(マルチテナント型が向いているケース)

  • 中小企業やスタートアップなど、標準的な業務プロセスで十分に対応できる
  • 迅速に導入し、短期間で効果を得たい
  • システム運用にかける社内リソースが乏しい
  • 業務プロセスをベンダーの標準に合わせる方針をとっている

ERPの導入は「技術的な選定」ではなく、「経営戦略との整合性」が求められます。導入の方向性を決定する際は、自社の将来像を踏まえた議論が欠かせません。

6.シングルテナント型ERPの導入・運用時の注意点と成功のためのポイント

シングルテナント型ERPは、自社に最適化したERP環境を構築できる一方で、導入や運用に際してはオンプレミス型ERP同様の準備と体制作りが求められます。ここでは、導入時および運用フェーズにおける注意点と、プロジェクト成功のための具体的なポイントを解説します。

6-1. 導入前の準備段階で押さえるべきこと

① 要件定義の徹底
シングルテナント型ERPでは、業務に沿った柔軟な構築が可能な反面、「何でもできる」がゆえに要件定義が曖昧だとプロジェクトの迷走やスコープ拡大を招きます。

(ポイント)

  • 現行業務を「そのまま移す」ではなく、あるべき業務プロセスを再設計する視点を持つ
  • 必須要件/将来的要件/希望要件に分けて、優先順位を明確化する
  • ベンダー任せではなく、自社主導で要件を整理できる体制を整える

② プロジェクトガバナンスの確立
複雑なシステム導入には、明確な意思決定体制と役割分担が不可欠です。

(ポイント)

  • 経営層、現場、IT部門を巻き込んだ横断的なプロジェクト組織の設置
  • PM(プロジェクトマネージャー)を中心とした合意形成プロセスの設計
  • 進捗・課題管理を可視化する統合的なプロジェクト管理手法(例:PMBOK、アジャイル)を採用

6-2. 導入中・稼働後における留意点

① カスタマイズと標準機能のバランス
シングルテナント型は柔軟にカスタマイズ可能ですが、過剰な対応は保守性・将来の拡張性を損なう要因となります。

(ポイント)

  • カスタマイズは「差別化のために必要な領域」のみに限定し、その他は標準機能や運用ルールで対応
  • カスタマイズ内容は必ず仕様書・開発管理表でドキュメント化し、引き継ぎや改修に備える

②バージョンアップ対応の計画性
シングルテナント型では、ベンダー主導の自動アップグレードが行われないため、自社での検証・調整の責任が伴います。

(ポイント)

  • 長期的なアップグレード計画を策定、定期的な見直しを行う
  • 本番環境とは別に検証環境を常備し、事前に影響範囲を確認
  • パッチやセキュリティアップデートの適切なスケジューリングと監査対応を実施

③ 運用体制と社内教育
システムは導入して終わりではなく、使いこなして初めて価値を生むものです。

(ポイント)

  • システム運用・保守の役割を明確化し、外部パートナーとの分担も含めて設計
  • 利用部門への操作研修・マニュアル整備を通じて、現場での定着を支援
  • システムの活用度を定期的にチェックし、業務改善や追加開発にフィードバック

6-3. 成功する企業に共通する3つの視点

①「自社業務とERPを両面から見られる人材」の確保
ITの専門家だけでなく、業務部門との橋渡しができる「業務×ITのハイブリッド人材」が鍵を握ります。

②「システムは業務を支援する道具」という考え方の浸透
旧来業務の再現ではなく、システム導入を機に業務をどう変えるかという視点で全社に浸透させる必要があります。

③「導入後も育て続ける」という意識
シングルテナント型ERPは一度作って終わりではなく、継続的に改善・最適化していく企業の資産であるという認識が求められます。

7.まとめ

シングルテナント型ERPは、業務の柔軟性やカスタマイズの自由度が高く、多くの企業にとって魅力的な選択肢です。しかし、その導入にあたっては、初期投資や、運用にかかるリソースの負担などがついて回ります。
企業がシングルテナント型ERPを選定する際には、自社の戦略や業務特性を総合的に評価し、自社の成長を支えるインフラとして最適であるかを見極めることが、成功の鍵を握ります。

※記事の内容は、制作時点に一般公開されている情報に基づいています。また、記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。