コロナ禍での在宅勤務における労災保険の適用
コロナ禍で在宅勤務が普及しました。そのなかで、在宅勤務中の労働基準法や労災保険法が適正に運用されておらず、トラブルにまで発展するケースもあるようです。
前回は、在宅勤務における労働時間の管理について説明しました。今回は、在宅勤務時の労災保険法の適用や給付について説明していきたいと思います。
労働者災害補償保険とは
労働者災害補償保険(以下「労災保険」といいます。)は、業務上の事由や通勤によって従業員が負ってしまった怪我、病気、障害、死亡等に対して、必要な保険給付を行うことを第一の目的とした保険制度です。労災保険から保険給付を受けるためには、業務上の事由によるか通勤途上であることが条件となります。
業務災害や通勤災害に関する保険給付には、次のようなものがあります。かっこ内は、通勤災害に関する保険給付となります。
①療養補償給付(療養給付)
②休業補償給付(休業給付)
③障害補償給付(障害給付)
④遺族補償給付(遺族給付)
⑤葬祭料
⑥傷病補償年金(傷病年金)
⑦介護補償給付(介護給付)
⑧二次健康診断等給付
このうち、労働災害や通勤災害が発生した場合に利用する頻度が高い「療養補償給付(療養給付)」と「休業補償給付(休業給付)」を見ていきましょう。
① 療養補償給付(療養給付)
労働者が仕事中の怪我や、従事している業務が原因で病気になってしまった場合に、それらの治療に対して療養補償給付が行われます。療養補償給付は、療養の給付(現物給付)が原則になりますので、原則として被災した従業員が治療費を負担することはありません。
実務上よくあるのは、病院を受診した際に健康保険証を利用してしまうケースです。健康保険証を利用して治療を受けてしまった場合は、治療にかかった医療費を全額病院や健康保険に対して支払った後に、労働基準監督署に対して改めて請求手続を行うことになります。一時的であったとしても、被災した従業員が治療費の全額を負担することになり、余計な手間もかかってしまいます。
業務上や通勤中の怪我や病気で病院や薬局に行く場合は、かならず当該病院や薬局に労災や通災で通院している旨をその場で(できなかったときはできるだけ速やかに)伝えさせることが重要になります。
② 休業補償給付(休業給付)
労働災害や通勤災害によって怪我や病気になってしまい、治療のため仕事を休まざるを得ない者に対して休業補償給付(休業給付)が支給されます。
支給される額は、給付基礎日額の100分の60に相当する額です。給付基礎日額の算定方法は、負傷もしくは死亡の原因である事故が発生した日や、診断によって疾病の発生が確定した日の直近3か月間に、その労働者に対して支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除した金額です。
休業補償給付には、3日間の待機期間が設けられています。この3日間については労災保険ではカバーすることができないので、事業主は労働基準法上の休業補償(平均賃金の100分の60)を支払う必要があります。 一方、通勤災害が原因の場合は、待機期間の3日間について労働基準法上の休業補償を事業主は行う義務はありません。
また、休業補償給付あるいは休業給付を受給している労働者に対して、社会復帰促進事業の一環として、待機期間終了後の第4日目から休業特別支給金も支給されます。
支給される金額は、1日につき給付基礎日額の100分の20に相当する金額です。したがって、休業補償給付(休業給付)と休業特別支給金を合算すると給付基礎日額の80%が保障されることになります。
業務上の災害の判断基準
ここまでは、労災保険法で定められている保険給付の種類について紹介をしてきました。
次に、業務上の事由はどのように判断をしていくのかについて見ていきたいと思います。
業務上の事由と判断されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つの条件を備えていることが必要になります。
- 業務遂行性:
- 「労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態」
つまり、災害発生時に仕事をしていたかどうかが問われます。 - 業務起因性:
- 「業務または業務行為を含めて、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態に伴って危険が現実化したものと経験則上認められること」
この2つのいずれか一方が欠けてしまうと、業務上の事由とは判断をされず、労災保険の給付を受けることはできません。在宅勤務においても、負傷や疾病が発生した具体的状況によって、個別に労働災害の適否が判断されることになります。
業務遂行性の有無を判断する場合には通常、以下の3つのパターンに分類することができます。
①事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
②事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合
③事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
①と②については、従業員が会社内にいる場合を想定しています。在宅勤務の場合は、自宅等での勤務になるため、③が適用されることとなります。
③の場合、事業主(会社)の管理下を離れていますが、事業主の命令を受けていることになりますので、途中で私的行為を行っていたなどの事情がない限り、業務遂行性が認められることになります。
くり返しになりますが、業務災害として認定されるかどうかについては、業務遂行性と業務起因性の2つの条件を満たすことが必要です。それでは在宅勤務における労働災害について、具体例をみていきたいと思います。
A 離席して机に戻ってきた際に転倒して怪我をした場合
このケースの場合、離席をした理由が重要になってきます。労働時間の途中に家事や育児を行ったといった場合は、私的行為となり業務遂行性が認められないため、労災の対象とはなりません。一方で、トイレに行くといった生理現象は、業務に付随する行為となり、業務遂行性、業務起因性が認められることになります。したがって、労災補償の対象となります。
B 仕事用の書類を送付するために自宅から外出した際、事故にあった場合
仕事の書類を送付するために外出した際の怪我については、事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合に該当します。したがって、業務遂行性と業務起因性の両方が認められることになりますので、労災補償の対象となります。
C 休憩時間にランチのため外出した際に怪我をした場合
休憩時間中に私的行為によって生じた怪我については、業務遂行性が認められません。したがって、このケースでは、労災補償の対象とはなりません。
今回は、在宅勤務時の労災保険の適用について説明しました。次回は、在宅勤務時の通勤災害についてみていきたいと思います。

川島経営労務管理事務所所長、(有)アチーブコンサルティング代表取締役、(有)人事・労務チーフコンサルタント、社会保険労務士。
早稲田大学理工学部卒業後、サービス業にて人事・管理業務に従事後、現職。人事制度、賃金制度、退職金制度をはじめとする人事・労務の総合コンサルティングを主に行い、労務リスクの低減や経営者の視点に立ったわかりやすく、論理的な手法に定評がある。
著書に「中小企業の退職金の見直し・設計・運用の実務」(セルバ出版)、「労働基準法・労働契約法の実務ハンドブック」(セルバ出版)、「労務トラブル防止法の実務」(セルバ出版)、「給与計算の事務がしっかりできる本」(かんき出版)など。