国内回帰か、海外分散か? ~戦略的サプライチェーン再編とERPの役割~
1.はじめに
近年の世界情勢は、製造業をはじめとする多くの企業を取り巻く経営環境に大きな変化をもたらしています。かつては最適解と思われていたグローバルサプライチェーンは、その複雑さと相互依存性の高さゆえに、様々なリスクに晒されていることが顕在化しました。
本コラムでは、サプライチェーン再編の潮流が加速する背景にある主要な要因を紐解き、その現状と課題を解説します。
2.サプライチェーン再編の潮流と背景
グローバルサプライチェーンは、コスト効率化と市場拡大の重要な手段として、多くの製造業で採用されてきました。しかし、地政学的な緊張の高まり、予期せぬ自然災害の頻発、そして世界的なパンデミックといった事象は、その脆弱性を露呈させました。特定の国や地域への依存度の高さは、供給途絶や価格高騰といった直接的な事業リスクに繋がり、企業の存続をも揺るがす事態を引き起こしかねません。
さらに、2025年のトランプ大統領の関税政策により、多くの企業がサプライチェーンのあり方を根本的に見直し始めようとしています。単なるコスト削減だけでなく、強靭性(レジリエンス)と持続可能性(サステナビリティ)を重視する新たなサプライチェーンの構築が喫緊の課題となっています。
3.国内回帰 or 海外分散? 戦略的選択肢とメリット・デメリットとは
ここでは、具体的な戦略的選択肢として注目される「国内回帰」と「海外分散」を取り上げ、それぞれのメリット・デメリットを比較します。
1)国内回帰
国内回帰とは、海外に展開していた生産拠点や調達機能を国内に戻す戦略です。近年、地政学リスクの高まりや輸送コストの増加、品質管理の強化といった観点から、その重要性が再認識されています。

(主なメリット、デメリット)
メリット | デメリット |
---|---|
雇用の創出と地域経済への貢献 技術力の維持・向上 輸送コストの削減とリードタイムの短縮 サプライヤーとの連携強化と品質管理の向上 |
生産コスト増加の可能性 人材確保の課題 サプライチェーン再構築の必要性 |
2)海外分散
海外分散とは、特定の国や地域に集中していた生産拠点を複数の国や地域に分散する戦略です。地政学リスクや自然災害、カントリーリスクなどを軽減する目的で採用されます。

メリット | デメリット |
---|---|
リスク分散 新興国市場へのアクセス コスト競争力の維持 為替変動リスク、カントリーリスクへの対応 多様なサプライヤーネットワークの構築 |
海外拠点管理の複雑化 品質管理の難しさ サプライチェーン全体の可視化の困難さ 調整コストの増加 |
3)その他に関税回避・軽減策となりうる施策
国内回帰や海外分散以外にも、関税の影響を軽減するための様々なアプローチが存在します。
(関税回避・軽減策の例)
対策の例 | 内容 |
---|---|
米国内、関税率の低い地域からの調達・供給 | 米国内やFTA締結国など、関税率の低い地域に生産拠点を持つ他社から製品の供給を受けることで、関税コストを回避できます。 |
三国間貿易の活用 | 関税率の高い国を直接経由するのではなく、関税率の低い第三国を経由して貿易を行うことで、関税コストを削減できる可能性があります。ただし、物流ルートの複雑化やリードタイムの長期化、三国間の規制遵守が課題となります。 |
関税評価の最適化 | 製品の関税評価額を適切に算定することで、関税コストを抑えることができる場合があります。 |
生産プロセスの見直しと部品、調達先などの見直し | 製品の構造や使用する部品、調達先を変更することで、関税率を押えられる可能性があります。 |
いずれの戦略や関税回避策を採用するにしても、正確な原価計算や部品構成情報の管理や設計変更に伴うコスト影響の分析といった、サプライチェーン全体の可視化とデータの一元管理、データに基づいた意思決定が必要です。特に、グローバルな事業展開においては、多言語・多通貨、国際法規制への対応、異なる拠点間の連携強化が不可欠となります。
4.戦略的サプライチェーン再編を成功させるERPの役割
それでは、戦略的なサプライチェーン再編を実行し、その効果を最大化するために、ERPが具体的にどのような役割を果たすのかをご紹介します。
1)リアルタイムなデータ可視化と意思決定の迅速化
サプライチェーン再編においては、刻々と変化する内外の状況を正確に把握し、迅速かつ適切な意思決定を行うことが不可欠です。ERPは、サプライチェーン全体に散在するデータを一元的に統合し、リアルタイムに可視化する機能を提供します。
(サプライチェーン可視化するための機能)
機能 | 内容 |
---|---|
需要予測 | 過去の販売実績、市場動向、プロモーション計画などのデータを統合分析し、より精度の高い需要予測を可能にします。これにより、過剰在庫や欠品を防ぎ、適切な生産計画と調達計画を立案できます。 |
在庫状況の把握 | 各拠点(国内・海外)の在庫レベルをリアルタイムに把握し、最適な在庫配置を実現します。滞留在庫の削減や、必要な場所への迅速な製品移動を支援します。 |
生産状況のモニタリング | 各工場の生産進捗状況をリアルタイムに把握し、遅延やボトルネックを早期に発見し、対策を講じることができます。 |
物流状況の追跡 | 製品の輸送状況をリアルタイムに追跡し、遅延リスクを予測し、顧客への正確な情報提供を可能にします。 |
これらのリアルタイムなデータに基づいて、経営層は迅速かつ的確な意思決定を行い、サプライチェーン全体の最適化を図ることができます。
2)サプライチェーン全体の最適化とコスト削減
ERPは、個々の業務プロセスを効率化するだけでなく、サプライチェーン全体を俯瞰し、最適化するための機能を提供します。
機能 | 内容 |
---|---|
サプライチェーン計画 | 需要予測、生産計画、在庫計画、物流計画などを統合的に管理し、サプライチェーン全体の最適化を図ります。複数のシナリオ分析を通じて、最適な計画を策定できます。 |
調達管理 | 複数のサプライヤーからの見積もり比較、契約管理、発注管理などを効率化し、最適な調達先と条件を選択することで、調達コストを削減します。 |
生産管理 | 生産計画の自動化、作業進捗の管理、品質管理などを効率化し、生産リードタイムの短縮と生産コストの削減を実現します。 |
物流管理 | 輸送ルートの最適化、配送スケジュールの管理、倉庫管理などを効率化し、物流コストの削減と配送効率の向上を図ります。 |
3)需要予測の精度向上と在庫最適化
サプライチェーン再編においては、需要変動への柔軟な対応が重要となります。ERPは、高度な分析機能により、需要予測の精度を向上させ、最適な在庫レベルを維持することを支援します。
機能 | 内容 |
---|---|
統計的需要予測 | 過去の販売データや季節変動パターンなどを分析し、将来の需要を予測します。 |
機械学習による需要予測 | AIの活用で、より複雑な要因を考慮した、高精度な需要予測を可能にします。 |
安全在庫の最適化 | 需要変動リスクやリードタイムの変動を考慮し、適切な安全在庫レベルを自動的に算出します。 |
多段階在庫最適化 | 複数の拠点に分散する在庫全体を最適化し、過剰在庫と欠品のリスクを最小限に抑えます。 |
4)サプライヤーとの連携強化と情報共有
サプライチェーン再編においては、サプライヤーとの緊密な連携が不可欠です。ERPは、サプライヤーとの情報共有を促進し、より強固なパートナーシップを構築するための基盤を提供します。
機能 | 内容 |
---|---|
サプライヤーポータル | サプライヤーが発注情報、納期情報、品質情報などをリアルタイムに確認できる環境を提供します。 |
EDI(電子データ交換)連携 | サプライヤーとの間で、発注書、受領書、請求書などの電子データを効率的に交換します。 |
コラボレーション機能 | サプライヤーとの間で、需要予測情報や生産計画などを共有し、連携したサプライチェーン計画を策定します。 |
5)変化への柔軟な対応を可能にするERPの拡張性・柔軟性
サプライチェーンを取り巻く環境は常に変化しています。ERPは、ビジネスの変化に柔軟に対応できる拡張性と柔軟性を備えていることが重要です。
機能 | 内容 |
---|---|
モジュール構成 | 必要な機能だけを選択的に導入できるモジュール構成により、段階的な導入や機能拡張が可能です。 |
カスタマイズ性 | 企業の個別の業務要件に合わせて、システムを柔軟にカスタマイズできます。 |
クラウド対応 | クラウドベースのERPは、迅速な導入、柔軟な拡張性、リモートアクセスなどを可能にし、変化に強いITインフラを提供します。 |
外部システム連携 | SCM(サプライチェーン管理)システム、CRM(顧客関係管理)システム、BI(ビジネスインテリジェンス)ツールなど、他の基幹システムや外部システムとの連携により、より高度な情報活用を可能にします。 |
5.ERPを活用してサプライチェーン再編に対応できる基盤確立を成功させた企業の事例
株式会社マツオカコーポレーション様は、メンズ・レディースのフォーマル、カジュアルからデニム、スポーツ、ワークウェアの領域まで、あらゆる縫製を手掛け、本社(広島県)、関連会社も含め中国を中心に、海外16カ所に工場を展開している、OEM専業の総合アパレルメーカーです。
1999年に国内工場をすべて閉鎖、中国などの海外工場への生産体制移行後も、国内生産品に劣ることのない品質、低コストで商品を供給できる生産・流通体制を維持・拡大することで、ビジネスは急速に拡大。
生産・物流体制を効率化し、高品質な商品を低コストで提供できる体制を維持していくために、企画から、受注、資材調達、生産、納品まで、すべての段階における資材の調達状況や生産の進捗状況、そして在庫情報をリアルタイムで管理できる、いわゆるSCM(サプライチェーンマネジメント)をサポートするシステムの実現が重要だと考え、ERP「GRANDIT」を導入しました。
機能 | 内容 |
---|---|
企業名 | 株式会社マツオカコーポレーション様 |
事業内容 | メンズ・レディースのフォーマルウェアからカジュアルウェア、スポーツウェア、ユニフォームウェアまでの縫製、洗い加工、生地開発と生産、および貿易業務 |
資本金 | 1億7250万円 |
従業員数 | 全体92名(2013年3月現在) |
6.おわりに
本コラムでは、アメリカの関税政策をはじめとする国際情勢の変動を踏まえ、製造業が直面するサプライチェーン再編の潮流とその背景について解説。国内回帰、海外分散といった主要な戦略的選択肢を比較検討し、それぞれのメリット・デメリット、そしてそれらを成功に導くためのERPの不可欠な役割について掘り下げてきました。
実際の導入事例からも明らかなように、今やERPは単なる業務効率化ツールではなく、企業の戦略的な目標達成を支える中核的な情報インフラです。不確実性が増す現代において、サプライチェーンの強靭性を高め、変化に柔軟に対応していくためには、リアルタイムなデータに基づいた迅速な意思決定、サプライチェーン全体の最適化、そしてサプライヤーとの強固な連携が不可欠で、これらの要素を統合的に実現するのがERPの役割といえます。
※記事の内容は、制作時点に一般公開されている情報に基づいています。また、記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。
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